Art&Betweens : ものづくり×自分=6,371㎞?

Art&Betweens : ものづくり×自分=6,371㎞?


アート専門の通訳・翻訳を行う活動団体「Art Translators Collective」のメンバーによるリレーコラム。さまざまな国や文化をまたいで活動してきた経験を活かし、グローバルな視点からものづくりの面白さをお伝えします。

21_21 DESIGN SIGHT企画展「土木展」で体感する自分と世界の距離

突然ですが、みなさんの「意識」は、半径何メートルくらいですか?
ここでいう意識とは、普段生活しているときにどのくらい遠くのものまでを「自分のこと」として認識するか、という範囲です。
外を歩いているときは、信号を見たり、人やモノにぶつからないように注意したり、看板に目を留めたりと、5mくらいまででしょうか。
スマホゲームに熱中していたら、それは30センチかもしれません。

しかし、大地震が起きた時はどうでしょうか。
筆者は、東日本大震災が発生したとき茨城県で震度6強を体験しましたが、家のあらゆる物が揺れ、家が揺れ、地面が揺れているのを肌で感じたとき、地面の奥底にある地層が、マグマが、地球が揺れているのを感じ、自分の意識の範囲が一気に地球規模の半径6,371㎞になったような気持ちがしました。
普段は全く意識しない、目に見えない大きなものたちと自分が直につながっているのを感じ、自分の身体が拡張したような、自分の小ささを思い知ったような、その不思議な感覚は今でも忘れられません。

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デザインの視点からさまざまな発信、提案を行っている美術館 「21_21 DESIGN SIGHT」(トゥーワン・トゥーワン・デザインサイト)で現在行われている企画展「土木展」では、普段の意識感覚を少し忘れて、自分の住んでいる環境やものづくりの感覚を見つめ直すことができます。

六本木の東京ミッドタウン・ガーデンにある遊歩道の中を進むと現れる安藤忠雄氏設計の建築。中に入り、展示会場への階段を降りていくとまず現れるのは、建築家 田中智之氏の「渋谷駅解体」「新宿駅解体」「東京駅解体」 のドローイングです。

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「渋谷駅解体」、「新宿駅解体」、「東京駅解体」 田中智之 (建築家)

誰もが利用する駅ですが、普段とは違う空からの視点で、その複雑で精巧な構造デザインを確認することができます。自分がこの中を毎日歩いているのだと思うと、東京という都市の大きさを改めて感じます。

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「土木オーケストラ」ドローイングアンドマニュアル(Photo:木奥恵三)

土木の工事現場の記録映像が、ボレロの楽曲に合わせて壁三面に大きく投影される作品「土木オーケストラ」では、日本の高度経済成長期を支えた工事現場の人々のやる気と意思の強さを感じることができます。
自分たちの手で国の成長の足がかりとなる土台をつくるんだ、という誇りに満ちた表情には、ものを作ろうとするときに人間が発揮するパワーがみなぎっています。

現代のわたしたちが普段「ものづくり」と呼んでいる行為は、手の中に収まるものや自分の身の回りで使えるものが多く、街・国・地球といった大きな単位は意識しないかもしれません。しかし人々は昔から、自分たちより遥かに大きなものも、石を一つずつ積み重ねて作り上げてきました。
筆者がアメリカの大学で土木工学を専攻したのも、世界各地の歴史的建造物を訪れた際にその迫力に圧倒され、こんなにも五感すべてに訴えかけるものを人の手が作り出したということに、感動したのがきっかけだったことを思い出します。

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メインの展示空間では、「土木の行為」をテーマに、参加作家がさまざまな方法で土木と私たちの関係を描き出します。実際に触ったり体験したりできる作品も多くあります。

たとえば、マンホールの大きさや構造を体感できる展示では、多くの人がヘルメットをかぶり、「地上」に顔を出して記念撮影を楽しんでいました。
普段道を歩いているときは、マンホールの下の様子を想像したり、道や、マンホールや、その下の地下水路も、人の手でつくられたものであることを意識することはあまりないかもしれません。しかし一度その大きさを体験してみると、次に道端でマンホールを見かけたときは、そこにすっぽり収まった自分や友達を想像してしまいそうです。

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「人孔(ひとあな)」設計領域(土木・建築設計事務所)

「体感型」の作品としてとりわけ興味深いのは、建築家の田村圭介氏と昭和女子大学環境デザイン学科 田村研究室が制作した「つなぐ:渋谷駅(2013)構内模型」 です。
2026年の完成を目処に今も大規模な改築整備を続けている渋谷駅の、2013年時点での構内を木製の模型にしたものですが、あらためて見るとその規模と複雑さに圧倒されます。
来場者は、思わず自分がいつも利用しているルートを確かめたり、スクランブル交差点や端っこにある埼京線ホームなど、いろんな角度から駅を眺めたりと、夢中になってしまいます。

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「つなぐ:渋谷駅(2013)構内模型」田村圭介+昭和女子大学環境デザイン学科 田村研究室

通常の建築模型は、これから作られる大きな建物を想像してもらうためにつくることが多いですが、実物をよく知る渋谷駅の模型を展示空間で見ると、自分が小さくなって模型の中に立っているような感覚になります。一度に把握するにはあまりに大きなものを、全体が捉えられるサイズに小さく作り直すことで、逆にその大きさを体感できるようになっているのです。
ここでは、大きなものを表現したいときに、小さなサイズのものづくりが有効な場合もあるということに気づかされます。

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一番地下深くにある東横線ホームから、地上を見上げる。実際には見られない光景がここでは見られる。

ものづくりの質の高さは、その大きさや規模に左右されるのではなく、そこに集まる人々とものの間に結ばれる関係にあるのだということは、展示の最後に設置されている「GS 三陸視察 2015 映像記録作品『GROUNDSCAPE』」からも感じることができます。東日本大震災で津波被害をうけた三陸地方の海岸沿いに高い防波堤を築く土木工事を淡々と映しながら、その周りで暮らす人々やその未来を憂う人々の言葉を集めた映像作品は、規模の大小に関わらず、何のため・誰のためにものをつくるのかを考えていくことの重要性を訴えているようです。

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映像展示スペース

いわゆる美術作品を展示するのではなく、日常的なできごとやものごとに目を向け、毎回ユニークな切り口で人々のものづくりに対する姿勢や思い、大切にしていきたい技術や文化などを紹介している「21_21 DESIGN SIGHT」。
今回の「土木展」は、身の回りにあるさまざまなインフラと自分との直接的なつながりを肌で感じることで、普段自分が気づかぬ間に持っている意識の範囲を再確認できる展示です。そして、ものづくりの規模や分野に関わらず、人とモノとの丁寧なつながりを考えていくことの重要性を、あらためて実感できる機会でもあると思います。
みなさんも是非、展示を訪れてみると、帰り道を見る目が少し変わるかもしれません。


ちなみに・・
会場では、天井を見上げると単菅がかっこよく使われているなど、作品設営の部分でも細かな土木の工夫が満載です。会場に設置されている土木建築系総合カルチャーマガジン 『BLUE’S MAGAZINE(ブルーズマガジン)』も必見!土木に関わる人たちの熱い思いが語られていますので、是非チェックしてみてください。

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21_21 DESIGN SIGHT企画展「土木展」
会期:2016年6月24日(金)- 9月25日(日)
休館日:火曜日(8月23日は特別開館)
開館時間:10:00 – 19:00(入場は18:30まで)
*8月23日(火)は10:00 – 17:00(入場は16:30まで)
入場料:一般1,100円、大学生800円、高校生500円、中学生以下無料
ウェブサイト:http://www.2121designsight.jp/program/civil_engineering/


世界中のあらゆる「ものづくり」の奥深さをお届けしていくArt Translators Collective によるリレーコラム。それでは、来月もお楽しみに!

田村かのこ(たむら・かのこ)
1985年東京都生まれ。アート・トランスレーター。東京藝術大学院美術研究科グローバルアートプラクティス専攻特任助教を務める傍ら、Art Translators Collective代表として活動。日英の通訳・翻訳・編集、プロジェクトの企画運営、広報などを通じて、言語にとどまらない翻訳や価値の変換/接続の可能性を探っている。2008年タフツ大学工学部土木建築科卒業、2013年東京藝術大学美術学部先端芸術表現科卒業。

Art Translators Collective(アート・トランスレーターズ・コレクティブ)は、アート専門の通訳・翻訳およびそれに関連する企画の運営などを行う団体。
同時代を生きる当事者として表現者に寄り添い、単なる言葉の変換を超えた対話を実現していく翻訳・通訳を目指し活動している。
http://art-translators.com/

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