”播州刃物”をMORE THAN PROJECTがプロデュース!上手くいかない原因は「デザイン」ではなく「コミュニケーション」にあった。

”播州刃物”をMORE THAN PROJECTがプロデュース!上手くいかない原因は「デザイン」ではなく「コミュニケーション」にあった。


先日ご紹介した、JAPAN BRAND FESTIVAL(記事はこちら)では、いくつかのプロダクトを通して日本各地での動きをご紹介してきました。

今回はその中でも、世界のマーケットに挑む中小企業のプロデュース支援事業を行っている「MORE THAN PROJECT」で“播州刃物“のプロジェクトに携わっている小林新也さんにお会いすることができました。

MORE THAN PROJECTのミッション

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「日本のイメージって、どんなもの?」

MORE THAN プロジェクトの発起人が、海外の友人に尋ねたところ、こんな答えが返ってきたそうです。「えーっと、フジヤマ、サムライ、スシ、ゲイシャ…?」

海外では驚くほど古典的なイメージでとどまっている日本。確かに、それも魅力ではあるけれど、「今の」「これからの」日本の価値も知ってもらいたい。

MORE THAN プロジェクトは、そんな「もっともっと日本発の商材・サービスを海外へ届けたい!」という強い想いを持つ中小企業と、プロデュースのプロがタッグを組み、海外進出を目指して活動しています。 先端素材から伝統工芸、ファッション、食文化まで多様な日本の「今」の魅力を海外へ届けるためのプロジェクトです。

プロジェクトサイトURL:http://morethanprj.com/

MORE THAN プロジェクトの小林さんが携わっている「播州刃物」は一体、どんな状態からどう変化を遂げたのか。お話を伺いました。

“播州刃物“を取り巻く現状

播州刃物
単価が安い、作り手が高齢化している、後継者がいない……。そんな問題を抱えるものづくりの現場は多いですが、兵庫県南西部の「播州」の刃物産業もその1つです。

昔からその土地で伝統的につくられてきた鋏(はさみ)や包丁、剃刀(かみそり)などを含む“刃物”。

過去を遡ると、職人がつくった刃物に商人の刻印が押されて「同じものでも違う名前の商品として売られる」という状況が続き、職人たちは認知されず日の目を見ない時代がありました。

現在はMORE THAN プロジェクトの活動を通じて、その地域一帯でつくられている刃物を「播州刃物」としてブランディングしてきたことで、素晴らしい製品だということが伝わるようになってきましたが、それまでは価格競争に巻き込まれ、価値に見合わない扱いをされてきたのです。

問題は“デザイン”ではない。“コミュニケーション不足”だ

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そのような現状をなんとかしようと、「播州刃物産業の再生のために、鋏の新しい商品をデザインしてほしい」という依頼を受けた小林新也さん(写真:右)。現地の実情を目の当たりにして、「本当にデザインが問題なのか」と疑問を持ったそうです。

そして、問題の在りかは鋏自体のデザインではなくて、「問屋と職人たちのコミュニケーション不足」にある、という結論に至りました。

本来、職人たちは使い手の声を直に聞き、そのニーズに応えて商品をアレンジしてきました。それが昔からの日本のものづくりにある姿です。しかし最近では、問屋は商品を売りっぱなしで、職人たちに使い手のリアクションやニーズを伝えることはなかったようです。これでは製品に改善などが見られず、やがては衰退してしまいます。

この現状を打破するべく、長らくコミュニケーションが不足していたこの産地の橋渡しになろう、と小林さんは決心し、「播州刃物」のプロジェクトマネージャーとなりました。そこで、水池鋏製作所の社長で、実際に職人である水池長弥さん(写真:中)と出会います。

水池さんは、糸切りや細かいところの布地の切断に適した握鋏(にぎりばさみ)をつくっていて、一本の鉄の棒から最終工程まで、今では珍しい手打ち鍛造で製造される数少ない職人さんです。

■製造工程

素晴らしい技術でできた切れ味のなめらかな刃物。素晴らしい品なのに、これまでは粗雑な箱やパッケージのせいで雑多に扱われがちでしたが、コストをかけて桐の箱に入れるなど“上等の品にふさわしい”ブランドイメージを作り上げました。職人はこれまでの下請けではなく、自分たちでブランドをつくり、価値を上げる努力をしようという覚悟の結果です。

「こんな高くしたら売れるわけがない」。周囲はそう言いましたが、実際には上々の売れ行き。単価を上げることにも成功しました。

さらに、日本だけではなく海外にも売り出そう、と小林さんはパリへ何度も通いました。海外では、「日本の刃物は最初よく切れるけど、錆びやすくて切れなくなるもの」という認識だということを知り、「研ぐ」という文化を一緒に伝えたといいます。

日本の刃物が真価を発揮するためには、定期的なメンテナンスが必要。刃を研ぐ習慣の無い国で、日本の刃物を使ってもらうためには、「研ぐ」文化も一緒に輸出しないといけないと考えたのです。

小林さんを通じて、日本のみならず世界中からのお客様からのフィードバックが職人に伝わり、称賛され、職人たちが自らの仕事に再び自信を取り戻すことができたのです。

諦めかけたとき、技術が受け継がれる希望が見えた

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貴重な技術をお持ちの職人、水池さんは御年70歳。息子さんがいらっしゃるので、本当は継いで欲しかったものの、刃物職人を取り巻く今後の環境を考えるとそれは言えなかったそうです。

技術の継承を諦めかけていたとき、このプロジェクトを通じて「弟子入りの希望者」が何人も名乗り出てきたのです。
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後継者として選ばれた、寺崎研志さん。小さなころから鍛冶屋になりたかったといいます。大学卒業後、大企業に就職し働いていたときにインターネットで播州刃物のプロジェクトを知り、コンタクトをとったそうです。水池さんを「親方」と呼び、慕っていた姿が印象的でした。

小林さんがこんなことを教えてくれました。「弟子入りしたらキツイぞ。つらいぞ。って、会う度に脅したんですけど全く効かず。この人ならと思って寺崎さんを選びました」。そんな“お墨付き”をもらった貴重な方です。

播州刃物のプロジェクトはこれからも続いていきますが、着々と成果が出てきているようです。これからの動向に目が離せません。

プロジェクトページ:http://morethanprj.com/project/4838.html
播州刃物ホームページ:http://kanamono.onocci.or.jp/

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