Art&Betweens : ものづくり×国境のない世界

Art&Betweens : ものづくり×国境のない世界


アート専門の通訳・翻訳を行う活動団体「Art Translators Collective」のメンバーによるリレーコラム。さまざまな国や文化をまたいで活動してきた経験を活かし、グローバルな視点からものづくりの面白さをお伝えします。

世界的な日本人陶芸家に問う、芸術と社会の過去・現在・未来

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陶芸家・中尾哲彰。

「銀河釉」という独特な釉薬を用いる彼の作品群は、世界各地で絶賛され、カンヌ国際芸術祭をはじめ数々の国際的な賞や芸術祭で表彰されてきた。
かのルーブル美術館にも永久刻印されているその名前だが、不思議と日本国内ではあまり知られていない。佐賀県有田で家業の陶芸を継ぐ前は、学者を志して哲学や社会学に没頭していたという中尾。
焼き物にあたっても、彼の明確な思想や科学的なアプローチはまさに学者のものだ。
今回は、彼の作品とその源にある「ものづくり」の哲学に焦点を当てる。


銀河釉の起源

30年ほど前、中尾は両目に網膜隔離を患い、一年ほどの盲目生活を強いられていた。
まだ当時は完全な失明に至ることの多かった病気。ある日、日夜の区別もつかない闇の中、夜空一杯の星々の光景が彼の心の中に浮かび上がる。
その永遠で普遍的な、国境のない情景に希望と安らぎを見つけた中尾は、もしも視力が回復したら、その全人類が共有するイメージをモチーフに、
世界中で苦しむ人に元気を与えられるような焼き物を作ろうと心に決めたという。
その後無事に視力を取り戻した中尾は、世界中の陶芸に関する文献を読み漁り、長年の研究と試行錯誤に取りかかる。
そして何万回もの釉薬の調合と調整の末に生まれたのが彼の代表作、「銀河釉」だ。

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ガラスのような透き通る光沢を持つ表面。その奥で煌めく金属の結晶、鮮やかで深遠な色合い。
銀河という普遍的なモチーフや、作品の基盤にある西洋思想や古今東西の造詣手法のためか、銀河釉の魅力は国籍や世代を問わない。海外で知られる日本芸術の多くとは違って、「わび・さび」のような玄妙な美意識や理念に関するリテラシーも必要としない、まさに「ユニバーサル」な作品だ。

 

日本と世界の「ものづくり」

実は「ものづくり」という言葉は、英語などの海外言語には翻訳しづらい。絵画や彫刻のような芸術的な「もの」を創る行為と、実用性のある「もの」を造る行為が、特に西洋の言語では区別されるからだ。そこで、日本と海外の「ものづくり」の概念に違いがあるのか尋ねてみた。
そこに本質的な違いは存在しないと中尾は答える。西洋でも近代までは「技術」と「芸術」は一語でまとめられていたし、実用性と芸術性の間に境界線は存在しなかったというのが彼の見解だ。マグカップや小皿などの食器も含む中尾の陶芸品は、その同一性を顕著にあらわしている。

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中尾によると、日本と世界の「ものづくり」の違いは、日本人の「技術」へのこだわりにあるらしい。特に歴史的な芸道文化の家元制度の中では、作家の目標は師匠を超えることにあったため、技術を追求・追究する文化が定着したそうだ。貨幣経済の台頭が比較的遅く、西欧国家のように作品の価値を金銭的な価値で計る感覚が従来の日本にはなかったことも一つの要因らしい。

そういったこだわりの生んだ文化や、水墨画や茶道など、日本には世界に誇れる伝統文化が多いと中尾は言う。有田という陶芸の中心地に窯を構えながらも、日本の伝統とは一線を画す作風を追求してきた中尾だが、それは決して日本の文化や芸術を否定する姿勢ではない。
だがそうした伝統文化の多くは、海外から持ち込まれた文化との融合から生まれたものであって、そもそも明治時代までは日本には国境という概念はなかったと中尾は指摘する。中尾の思い描く「国境のない世界」とは、各国・各地域の多様な文化を画一化するものではない。逆に、日本が古来から実践してきたように、多彩な文化と価値観の融合から、新たなる価値を生むものなのだ。

 

ものをつくる、世界をつくる

地域独特の文化の伝承にも価値を置きつつも、中尾本人が作家として目指してきたのは、一つの地域に留まらない、「世界を包み込めるような」作品を創ることだ。
結果、この10年間で、銀河釉は徐々に世界へと広まりつつある。中尾の有田の窯には、去年だけでも世界十数カ国から様々な生い立ちや職業の来客が訪れているらしい。そして無数の銀河釉作品に囲まれる卓袱台を挟んで、彼らは芸術や社会思想や将来のビジョンについて中尾と語り合い、母国へと帰っていく。
中尾が長年抱いてきたそのビジョンとは、「国境なき医師団」の芸術家版を設立することだ。
途上国に世界各国から芸術家が赴き、ものづくりの技術などを教える。技術を教えることで、現地の人々の経済的な自立を促進すると共に、様々な価値観に触れ合い、意見を交換する場をつくることで、社会的・政治的・国際的な意識を育む。

ずっと理想論のように思えたこのビジョンだが、最近になってやっと、実現への第一歩を踏み出す機会が中尾のもとに舞い込んで来た。
銀河釉に惹かれて有田の窯を訪れ、中尾の思い描く構想に魅きこまれた長崎県佐世保のテーマパーク・ハウステンボスの幹部に、「手伝うからハウステンボスでやってくれ」と話を持ちかけられたのだ。
現在中尾は、ハウステンボスの施設を中心とする地域で、展示や企画に明け暮れている。目指す「国境なき芸術家団」の足がかりとするためにも、そこで日本人や外国人観光客が、芸術やものづくりの技術を通して交流し、知性や技術や人間性を磨き、各自のコミュニティへと広めていけるような、複合的な教養の場をつくるのが彼の目標だ。
作品に吹きこまれた、希望と人類愛に溢れるメッセージ。そのメッセージが人々に伝わり、共感と協力を得て、いま更に多くの人々へと広まろうとしている。
「量産品とは違ってね、作家が想いを込めて作ったものは、その気持ちが見る人、使う人に伝わる。それが文化、それがものづくりだよ。」と中尾は言う。
彼の言うように、銀河釉の輝きを見つめていると、中尾哲彰という作家の願いや想い、そして彼の目が見据える将来像が伝わってくるようだ。
夜空を彩る星のように、遠くとも、確かにそこに存在する現実。その人類の憧れる世界の姿に、この一人の作家の壮大な試みは、如何に働きかけていくんだろうか。


 

赤澤松也(あかさわ・まつや)
幼少期にイギリスに留学し、大学卒業後日本に帰国。多言語への造詣や、文学・言語学・心理学などの見識を活かし、翻訳・通訳者、ライター、コピーライターなど、多様な形で「言葉」と「言語」に携わる。

Art Translators Collective(アート・トランスレーターズ・コレクティブ)は、アート専門の通訳・翻訳およびそれに関連する企画の運営などを行う団体。
同時代を生きる当事者として表現者に寄り添い、単なる言葉の変換を超えた対話を実現していく翻訳・通訳を目指し活動している。
http://art-translators.com/

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