大切なのは“軸をぶらさない”こと。海内工業株式会社・海内美和社長の強固なる意志

大切なのは“軸をぶらさない”こと。海内工業株式会社・海内美和社長の強固なる意志


1958年の創業以来、1枚の金属を曲げる「板金加工」において確かな技術力で丁寧なものづくりを続けてきた海内工業株式会社。

近年では「BRANCH」「LUNAR DREAM CAPSULE PROJECT」「ドラえもん 四次元ポケットプロジェクト」というユニークなプロジェクトにも意欲的に参画されています。

いち町工場の枠を飛び出し、強固な意志を胸に自身で未来を切り開いてきた海内工業3代目社長、海内美和さんにお話を伺いました。

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-海内社長は、おじいさまの代から続く家業を継がれていますが、元々家業を継ぐことは考えられていたのでしょうか?

海内社長:いえ、継ぐことは全く考えていませんでした。というのも、父は若い頃「指揮者になりたい」という夢があったのですが、工場を継ぐためにあきらめたそうです。子どもたちにはそんな思いをさせたくない、と「自分の将来は自分で決めていい」と言われて育ってきました。

そんな父からの教えから「広い世界で色々なことを吸収したい」、「広い視点を持ちたい」と思い、留学等を通じて新卒で目指した仕事は資産運用業におけるアナリストでした。

 

-広い視点を持ちたい、という想いから金融アナリストを選ばれたのはなぜですか?

海内社長:好きなことを仕事にしたい、好きなことはなんだろうと考えた時、私は「物事の仕組みを知る」ことが好きだと気付きました。金融の動きを通して物事の先を見ることで、どのような世の中になっていくかを想定しながら働くことにやりがいを感じていましたね。

資産運用会社というグローバルな企業で、ニューヨークや日本、ロンドン、中東、フランスを相手に常に忙しい毎日を送っていました。大変でしたが働くことが好きだったので、常にアドレナリンが出ているような状態で凄く楽しかったです。

 

-金融の世界でそのように充実して働かれていたところから、海内工業にジョインされるまでの経緯についてお聞かせいただけますか。

海内社長:アナリストを目指して働くうえで、経済危機の発生を予測することは重要な業務でした。2008年にリーマンショックが発生した時も、いち早くそれを察知していたと同時に、「実家の工場がもたないな、まずいな」と思い、そこで初めて戻ることを意識しました。

 

-リーマンショックがきっかけだったのですね。入社という大きな決断に至るまでには、やはり相当、悩まれたのでしょうか?

海内社長:それまで工場のことを考えたことはありませんでしたが、実家が潰れるという危機感をリアルに感じ、初めて実家の状況と真剣に向き合うことになりました。

リーマンショックが発生する前に1ヶ月半ほど悩んだ結果、まずは社員として経営と技術を学ぼうと決意し、入社することを決断しました。

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-入社されてから、実際にリーマンショックの影響を感じたのはいつ頃でしたか?

海内社長:11月末に入社したのですが、その直後の12月には一斉に受注案件がストップ、新規案件も保留、電話は鳴らないといった形ですぐにリーマンショックの影響が見られました。

日本の中小企業が抱える課題である“一社依存体制”等の問題が、例に漏れずうちにも当てはまっていたので、その脆い部分が全て大きなダメージとなっていきました。

 

-そこから、どのような形で立て直しを行ったのですか?

海内社長:立て直すというよりも、現状をなんとかしなければいけないという思いの方が強かったです。

その時、私に求められていたのは、新規の案件を探すことでした。しかし、技術がわからないうえに、業界が未だかつてなく落ち込んでいる状況だったので、新規のお客様を探すのにも大変苦労しました。今まで自社で持っていなかったWEBページを作成したり、町工場の2代目3代目ネットワークなどを通じたりし、新規の案件などを獲得していきました。

一方で、自社の強みを伸ばすところにも着手し始めました。海内工業が60年近く続いてきた強み、それがなんなのか?を知るために、古くからの職人さんやお客様にヒアリングを行いました。その中で、海内工業の強みは、「精度の安定した精密板金加工技術」にあると気が付きました。

 

-分析の結果、どのような対策をすることになったのですか?

海内社長:板金屋として他社よりも安定した精度で加工ができるということ強みとして、コアバリューになるように高めていきました。また、その強みを持って待っているのではなく、考えて動くというところに重点を置きました。具体的には、安定した加工技術を付加価値として、求めているところは、どういったお客様なのか?というところを考え、WEBやSNSを活用し、発信を行なっていきました。

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-御社はユニークで面白い企画にいくつも参加されていて、いち町工場にはない動きをされているなと思いました。そういった参画のきっかけはどのように得ているのですか?

海内社長:高精度の板金技術を評価していただき参画させてもらっている場合もありますし、社外活動といった形で様々なワークショップやハッカソンなどに社員を積極的に参加させてできた繋がりからプロジェクトに繋がっている場合など様々なところから話をいただいています。確かに、今までの町工場にはない動きだと思います。

 

-特に印象に残っているプロジェクトについてお聞かせください。

海内社長:特に、面白法人カヤックさんなどとコラボして取り組んだ“すごい天秤”が、印象に残っています。プロジェクトメンバーが、お互いに妥協しない姿勢があったので、より良いモノを作りたいという思いから、作業が深夜にまで及んだ日も多々ありました。その結果、とても意匠性が高く、それでいてテクニカルなプロダクトが作ることができました。

※「すごい天秤」に関する詳細が語られたインタビューはこちら
 

-このようなプロジェクトの他にも、海内社長は様々なインタビュー等を受けられていますがこれもいち町工場では珍しい動きだと思います。御社の発信の仕方で気をつけていることはありますか?

海内社長:“軸をぶらさないこと”これを心がけています。

海内工業の軸は、「精度の安定した精密板金加工技術」。この部分を軸にお話したり、発信したりすることを、気をつけています。プロジェクト案件が目立ってしまいがちですが、これも昔からお客様に鍛えてもらった精密板金技術から成り立っていますし、その技術のPRのために参画しています。その部分の感謝を忘れてはいけないと感じています。

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—経営のうえで大切にしていることはありますか?

海内社長:会社を継ぐ上で“何を大切にしたいのか”を考えていました。祖父がよく口にしていた言葉になるのですが、“規模よりも質、結果としての拡大”ということを大切にしています。

結果として規模が大きくなるのは良いのですが、それでも自社の強みを重視し、確実に段階を踏みながら、質をあげて、拡張する方向になるようにしています。拡張ありきの仕事をしようとすると、絶対に上手くいきません。軸をぶらさない企業は確実にそういったことをやっているので、確実に規模を拡大しています。

 

-拡大よりも質を大切にするということを海内工業様は大切にされてきたのですね。

海内社長:はい。そこを父がぶらさなかったからこそ、数多くある企業の中で残ってこられたのだと思います。創業の祖父、2代目の父、この流れがあって、現在の海内工業、そして、私がいる。これは、いつまでも忘れてはいけないと感じています。

これからも、変えてはいけないところはそのままに、良いものは、積極的に取り入れる姿勢で進んでいきたいと考えています。

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■編集後記

現在、海内工業株式会社は、株式会社DMM.com、karakuri productsと共に、TVアニメ「攻殻機動隊S.A.Cシリーズ」に登場する多脚思考戦車タチコマを現実化する「タチコマ・リアライズプロジェクト」に参画されています。このプロジェクトを通し、「板金の可能性を広げるため、新しいものを作っていきたいです」と海内さんはお話しされていました。

どの会社にも負けない板金の技術をもとに、”軸をぶらさない”と情熱を持ってものづくりに挑む海内工業株式会社の今後に期待ですね!

 

海内工業株式会社 WEBサイトはこちら

http://amauchi-industry.com

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